思い出してくれる人がいる限り
お盆の時期になると思い出す映画あります。ディズニーの「リメンバー・ミー」という映画です。ドタバタはありますが、「現世で自分を覚えてくれる人がいなくなった時、死者の世界でも本当に消えていなくなってしまう」というストーリー展開です。休暇中にテレビを眺めていたら、どのチャンネルでもお墓に関する話題を提供していました。代理墓掃除、樹木葬、墓仕舞い・・・関心は高く、悩み深いことですよね。実は私の両親はすでに亡くなっていますが、そもそもお墓も建っておらず、お参りする場所すらありません。
グリーフケアという「大切な人を失った悲しみに寄り添い、支えるケア」があります。悲しみを断ち切るのではなく、個人との関係が形を変えて続いていくという「継続する絆」がその行動の中心的考えになっています。その「継続する絆」というのは、1)記憶としての絆、2)行動としての絆、3)内的対面としての対話、4)アイデンティティとしての絆の4つの意味があるといった形で語られることがあります。
お墓参りに行けなくても、故人の好きだった料理を作って家族で食べてみる、ふとした会話で話題に出す、写真を見返すなど、故人がいたから自分がいたことを意識すれば十分な気がしています。「リメンバー・ミー」が好きな理由は、私の先祖に対する言い訳なのかもしれません。
